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学力不振と国語 [学力不振]

ブログのタイトルにもなっているのに、これまで「学力不振」については触れてきませんでした。

私が考える「学力不振」とは、高校受験が迫ってきているのに、「このままの学力では入れる高校がない」と先生から宣告されてしまうような生徒のことを指しています。
こういう場合は、小学校の高学年の段階で学校の授業がチンプンカンプンな状態であったことが想像できるので、受験を意識してから塾に通っても学力がアップすることも、成績が伸びることも期待できません。

また、高校受験ではなくて、中学受験を考えている場合であっても、進学塾の勉強には到底ついていけず、「10教えられても1か2くらいしか頭に入っていかない」という場合も、「学力不振」に含まれると思います。

どちらの場合であっても、親が子どもの「学力不振」に気づくことが大切だと思います。それを認めることは親にとって気持ちのよいものではありませんが、気になりながらも手を打たないでいると、子どもの将来に暗い影を落とすことにもなりかねません。
親が「勉強しろ、勉強しろ」と、うるさく注意をしても解決はしないでしょう。
子どもは、自分がどうして出来ないのか、どこがわからないのか、何をどうやって勉強していいのかさえわからないのですから。

学力不振というと「頭が悪い」というようにマイナスに捉えがちですが、そうではなくて、「学力不振の状態に陥っている」だけだと思います。私が接した生徒を見るかぎりでは、「こだわりの強い子」が多いように思いました。勉強をしたくない気持ちが強ければ頭にも入っていかないし、一つわからない点があるとそこにこだわって先に進めないといった例があります。

私の息子もそうでした。中学3年の時には、私が9科目全部を教えていて大変な苦労をしましたが、大きな反省点が残りました。
それは学校の成績を上げようとして、目先の勉強ばかりをしていたことです。
結果的には成績も上がって、中学を卒業する時にはその努力に対して、学年で2人だけもらえる「賞状」まで受け取りましたが、思考力や論理力、表現力などの「国語力」はつかないまま、勉強嫌いも直りませんでした。

当時の私は、すべての教科の土台が「国語力」にあることに気づいていなかったからです。国語はやってもやらなくても成績は変わらないと思っていたし、国語の教科書をよく読めば国語はできると思っていたからです。

けれど、今になって考えてみればそれは間違いだったと確信をもって言えます。さらに、中学生に数学や英語を教えた経験から言っても、「国語力」がない生徒は、数学の文章題の意味がわからないので問題を解くことができないし、英語もある程度はできるようになってもその先でつまずくことになります。
算数ができない、英語ができないというのも心配だとは思いますが、「学力不振」の生徒に一番必要なのは、手を差し伸べて辛抱強く付き合ってくれる先生の存在と、「国語力」をつけることだと思います。

本を読むことが嫌い、文章を読むのが苦手ということで、国語はできないと思っている子どもたちもいると思います。中学受験でも国語はだめ、という生徒が多いのも事実です。

けれど、日本人であるかぎり、国語はそれなりの方法でやれば必ずできるようになります。ほとんどの子どもたちが携帯でメールを打っているのですから、「国語力」を身につけることは、その延長線上に考えればいいことなのです。

コミュニケーションの道具としても大切な国語は、やってみればとても楽しい科目です。
また、不登校の子どもにとっては、会話をしながら進めていく国語は心が解放される科目でもあります。

以上、書いてきたことから、今後は「不登校、学力不振のための家庭塾」の一番の柱を「国語力をつけること」にしたいと思います。



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